明治12年当時、松崎では村内の教育振興熱が高く、校舎新築のための寄付金が集められた。「総建築費2630円66銭。内寄付金4割余」時の戸長佐藤源吉らにより新築計画が進められ、岩科村大工棟梁高木久五郎、菊地丑太郎によって設計施工された。正面玄関に掲げられてある“岩科学校”の扁額は、時の太政大臣三条実美の書で、その上の龍は入江長八が棟梁の「のみ」をかりて彫ったと伝えられている。近代伊豆のあけぼのの象徴とも言うべき岩科学校は、わが国建築史上貴重な遺産として、昭和50年重要文化財に指定された。先人の様々な思いが、永年にここに記されてゆくのである。 |